第三十五段 沫緒によりて

むかし、心にもあらで*1絶えたる人のもとに*2、 玉の緒を*3沫緒*4によりてむすべれば*5絶えてののちもあはむとぞ思ふ*6 *1:自分の本心とは裏腹に *2:関係が絶えてしまった人のもとに(次の歌) *3:玉(=魂)を結ぶ糸を *4:あわを、丈夫な糸?あわび結び(→ …

第三十四段 言へばえに

むかし、男、つれなかりける人のもとに*1、 言へばえに*2言はねば胸にさわがれて*3心ひとつに歎くころかな*4 おもなくて*5言へるなるべし*6。 *1:つれなくされた人のもとに(次の歌を詠み送った) *2:(この悲しみを)言い表そうとしてもできないし *3:(だ…

第三十三段 菟原の郡

むかし、男、津の国*1、菟原の郡*2に通ひける*3、女*4、このたび行きてはまたは来じ*5と思へるけしきなれば*6、男*7、 蘆辺より満ち来る潮のいやましに*8君に心を思ひますかな*9 返し*10、 こもり江*11に思ふ心を*12いかでかは舟さす棹のさして知るべき*13 …

第三十二段 しづのをだまき

むかし、もの言ひける女に*1、年ごろありて*2、 いにしへの*3しづの*4をだまき*5くりかへし*6むかしを今になすよし*7もがな*8 と言へりけれど*9、なにとも思はずやありけむ*10。 *1:言い寄ったことがある女に *2:何年か経ってから(次の歌) *3:遠い昔の *4:…

第三十一段 よしや草葉よ

むかし、宮のうちにて*1、ある御達の局*2の前を渡りけるに*3、なにのあたにか思ひけむ*4、「よしや*5、草葉よ*6。ならむさが*7見む*8」と言ふ。男、 罪もなき人をうけへば*9忘れ草おのが上にぞ生ふ*10と言ふなる*11 (*12) と言ふを、ねたむ女もありけり*13…

第三十段 玉の緒ばかり

むかし、男、はつかなりける*1女のもとに、 あふことは*2玉の緒*3ばかりおもほえて*4つらき心の*5長く見ゆらむ*6 *1:ほんの1、2回逢っただけの *2:(あなたに)逢うことは *3:短いことのたとえ *4:マジ一瞬に思えて *5:(あなたの)薄情な心が *6:(どうして…

第二十九段 花の賀

むかし、春宮の女御*1の御方*2の花の賀*3に召しあづけられ*4たりけるに、*5 花に飽かぬ歎きはいつもせしかども*6今日の今宵に似る時はなし*7 (※豆→*8) *1:二条の后(→第三段「ひじき藻」の注7(http://bit.ly/bqnZP9)を参照されたい) *2:御殿 *3:お花見…

第二十八段 あふごかたみ

むかし、色好みなりける女*1、いでていにければ*2、 などてかく*3あふご*4かたみ*5になりにけむ水もらさじと*6むすびしものを*7 (*8) *1:好きモノだった女が *2:出てっちまったんで *3:なんでこんなふうに *4:逢ふ期、逢う時のこと *5:籠=小さい竹かご、…

第二十七段 水口に

むかし、男、女のもとに一夜行きて*1、またも行かずなりにければ*2、女の手洗ふ所*3に、貫簀*4をうちやりて*5、たらひのかげに見えけるを*6、みづから*7、 わればかり*8もの思ふ人はまたもあらじと*9思へば*10水の下にもありけり*11 (*12) とよむを*13、来…

第二十六段 もろこし舟

むかし、男、五条わたりなりける女を*1え得ずなりにけることと*2、わびたりける人の*3返りことに*4、 おもほえず*5袖にみなとのさわぐかな*6もろこし舟の*7寄りしばかりに*8 (※C釈→*9) *1:五条あたりにいた女を *2:GETできなくなっちったよ、と *3:泣き言…

第二十五段 秋の野に

むかし、男ありけり。あはじ*1とも言はざりける*2女の、さすがなりけるがもとに*3、言ひやりける*4、 秋の野に笹分けし朝の袖よりも*5あはで寝る夜ぞひち*6まさりける*7 色好みなる女*8、返し*9、 みるめ*10なきわが身を浦と知らねばや*11離れなで*12海人の…

第二十四段 あづさ弓

むかし、男、かたゐなか*1に住みけり。男、宮仕へしにとて*2、別れ惜しみて行きけるままに*3、三年来ざりければ*4、待ちわびたりけるに*5、いとねむごろに言ひける人に*6、「今宵あはむ*7」と契りたりけるに*8、この男*9来たりけり*10。「この戸あけたまへ*1…

第二十三段 筒井つの(筒井筒)

むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども*1、井のもとにいでて遊びけるを*2、大人になりにければ*3、男も女も恥ぢかはしてありけれど*4、男はこの女をこそ得めと思ふ*5、女はこの男をと思ひつつ*6、親のあはすれども聞かでなむありける*7。さて*8、このとな…

第二十二段 千夜を一夜に

むかし、はかなくて絶えにける仲*1、なほや忘れざりけむ*2、女のもとより、 憂きながら*3人をばえしも忘れねば*4かつ恨みつつなほぞ恋しき*5 と言へりければ*6、「さればよ*7」と言ひて、男、 あひ見ては*8心ひとつを*9かはしま*10の水の流れて絶えじ*11とぞ…

第二十一段 おのが世々

(この段の予備知識→*1)むかし、男、女*2、いとかしこく思ひかはして*3、こと心なかりけり*4。さるを*5、いかなることかありけむ*6、いささかなることにつけて*7、世の中を憂しと思ひて*8、いでていなむと思ひて*9、かかる歌をなむ*10、よみて、ものに書き…

第二十段 かへでの紅葉

むかし、男、大和にある女を見て*1、よばひてあひにけり*2。さてほど経て*3、宮仕へする人なりければ*4、帰り来る道に*5、弥生ばかりに*6、かへで*7の紅葉のいとおもしろきを折りて*8、女のもとに道より言ひやる*9、 君がため手折れる枝は*10春ながら*11かく…

第十九段 天雲の

むかし、男、宮仕へしける女の方に*1、御達*2なりける人をあひ知りたりける*3、ほどもなく離れにけり*4。同じ所なれば*5、女の目には見ゆるものから*6、男は、あるものかとも思ひたらず*7。女*8、 天雲の*9よそにも人のなりゆくか*10さすがに目には見ゆるも…

第十八段 くれなゐに

むかし、なま*1心ある*2女ありけり。男、近うありけり*3。女、歌よむ人なりければ*4、心見むとて*5、菊の花の移ろへるを折りて*6、男のもとへやる*7、 くれなゐににほふは*8いづら*9白雪の*10枝もとををに*11降るかとも見ゆ*12 男、知らずよみによみける*13…

第十七段 あだなりと

年ごろおとづれざりける人の*1、桜のさかりに見に来たりければ*2、あるじ*3、 あだなりと*4名にこそ立てれ*5桜花*6年にまれなる人も*7待ちけり*8 返し、 今日来ずは*9明日は雪とぞ降りなまし*10消えずはありとも*11花と見ましや*12 *1:もう何年も会いに来な…

第十六段 紀有常

むかし、紀有常*1といふ人ありけり。三代の帝に仕うまつりて*2、時にあひけれど*3、のちは世かはり時移りにければ*4、世の常の人のごともあらず*5。人がらは、心うつくしく*6、あてはかなることを好みて*7、こと人にも似ず*8。貧しく経ても*9、なほ、むかし…

第十五段 しのぶ山

むかし、陸奥にて、なでふことなき人の妻に通ひけるに*1、あやしう*2、さやうにてあるべき女*3ともあらず見えければ*4、*5 しのぶ山*6忍びて通ふ道もがな人の心の奥も見るべく (※C釈→*7 *8) 女、かぎりなくめでたしと思へど*9、*10さるさがなきえびす心を…

第十四段 姉歯の松

むかし、男、陸奥*1にすずろに*2行きいたりにけり*3。そこなる女*4、京の人はめづらかにやおぼえけむ*5、せちに*6思へる心なむありける*7。さて、かの女*8、 なかなかに恋に死なずは*9桑子にぞ*10なるべかりける*11玉の緒ばかり*12 (※C釈→*13) 歌さへぞひ…

第十三段 武蔵鐙(あぶみ)

むかし、武蔵なる男*1、京なる女のもとに*2、「聞ゆれば恥づかし*3。聞えねば苦し*4」と書きて、うはがき*5に「武蔵鐙*6」と書きておこせてのち*7、音もせずなりにければ*8、京より、女*9、 武蔵鐙*10さすが*11にかけて頼むには*12問はぬもつらし問ふもうる…

第十二段 武蔵野

むかし、男ありけり。人のむすめを盗みて、武蔵野へ率て行くほどに*1、盗人なりければ*2、国の守*3にからめられにけり*4。*5女をば草むらの中に置きて、逃げにけり*6。道来る人*7、「この野は盗人あなり*8」とて*9、火つけむとす*10。女、わびて*11、 武蔵野…

第十一段 空行く月

むかし、男、あづまへ行きけるに*1、友だちどもに*2道より*3言ひおこせける*4、 忘るなよほどは雲居*5になりぬとも空行く月のめぐりあふまで (※C釈→*6) *1:東国にいったんだけど *2:友人たちに *3:旅先から *4:(次の歌を)詠んで寄越してきた *5:くもゐ、…

第十段 たのむの雁

むかし、男、武蔵の国までまどひありきけり*1。さて*2、その国にある女を*3よばひけり*4。父はこと人*5にあはせむと言ひけるを*6、母なむ、あてなる人*7に心つけたりける*8。父はなほ人にて*9、母なむ藤原なりける*10。さてなむ*11、あてなる人にと思ひける*…

第九段 東下り

むかし、男ありけり。その男、身を要なきものに思ひなして*1、京にはあらじ*2、あづまの方に住むべき国求めにとて*3、行きけり*4。もとより友とする人ひとりふたりして*5、行きけり。道知れる人もなくて*6、まどひ行きけり*7。三河の国、八橋*8といふ所にい…

第八段 浅間の嶽

むかし、男ありけり。京や住み憂かりけむ*1、あづま*2の方に行きて住み所求むとて*3、友とする人ひとりふたりして*4、行きけり*5。信濃の国、浅間の嶽*6に煙の立つを見て、 信濃なる浅間の嶽に立つ煙*7をちこち*8人の*9見はやとがめぬ*10 (※C釈→*11) *1:京…

第七段 いとどしく

むかし、男ありけり。京にありわびて*1あづま*2に行きけるに*3、伊勢、尾張のあはひ*4の海づらを行くに*5、浪のいと白く立つを見て*6、 いとどしく*7過ぎゆく方*8の恋しきに*9うらやましくもかへる浪かな (※C釈→*10)(※C釈2→*11) となむ、よめりける*12。…

第六段 芥河

むかし、男ありけり。女のえ得まじかりけるを*1、年を経て*2よばひわたりける*3を、からうして盗みいでて*4、いと暗きに来けり*5。芥河といふ河*6を率て*7行きければ*8、草の上に置きたりける露を*9、「かれはなにぞ*10」となむ男に問ひける*11。行く先多く*…