第二十一段 おのが世々

(この段の予備知識→*1

むかし、男、女*2、いとかしこく思ひかはして*3、こと心なかりけり*4。さるを*5、いかなることかありけむ*6、いささかなることにつけて*7、世の中を憂しと思ひて*8、いでていなむと思ひて*9、かかる歌をなむ*10、よみて、ものに書きつけける。

いでていなば*11心かるしと言ひやせむ*12世のありさまを人は知らねば*13

とよみおきて、いでていにけり*14。この女かく書き置きたるを*15、けしう*16、心置くべきこともおぼえぬを*17、なにによりてかかからむと*18、いといたう泣きて*19、いづ方に求め行かむと門にいでて*20、と見かう見*21、見けれど*22、いづこをはかりともおぼえざりければ*23、帰り入りて*24

思ふかひなき世なりけり*25年月をあだに契りてわれや住まひし*26

と言ひてながめをり*27

人はいさ思ひやすらむ*28玉かづらおもかげにのみいとど見えつつ*29

この女、いと久しくありて*30、念じわびてにやありけむ*31、言ひおこせたる*32

今はとて忘るる草のたねをだに*33人の心にまかせずもがな*34

返し、

忘れ草植うとだに聞くものならば*35思ひけりとは知りもしなまし*36

またまた*37、ありしより*38けに言ひかはして*39、男、

忘るらむと思ふ心のうたがひに*40ありしよりけにものぞかなしき*41

返し、

中空に立ちゐる雲のあともなく*42身のはかなくもなりにけるかな*43

とは言ひけれど*44、おのが世々になりにければ、うとくなりにけり*45

*1:「世」は、男女の仲のことです。

*2:男と女が

*3:めっちゃラブラブで

*4:(お互い)浮気心もなかった

*5:ところが!

*6:何があったのか知らんけど

*7:ほんの些細なことによって

*8:(女が)自分たちふたりの仲はもうこれまで、と思って

*9:(家を)出てっちゃおうと思って

*10:このような歌を

*11:出てったら

*12:(他人から)軽い女だと言われちゃうかも…

*13:あたしたちのことを人は知らないから…

*14:出てった

*15:この女がこうやって書き置きしたのを

*16:(男は)納得いかず

*17:(女が出て行く理由に)心当たりがないのに

*18:どうしてこうなった…、と

*19:禿しく泣きまくって

*20:どっちの方に探しに行こうかと門を出て

*21:あっち見たりこっち見たりして

*22:見たけれど

*23:どこをめどに探せばいいのかも分かんなかったので

*24:家に引き返してきて

*25:愛し甲斐のない夫婦仲だったなあ(´;ω;`)

*26:(今までの長い)年月をいい加減な気持ちで(俺が)一緒に暮らしたとでも…?(´;ω;`)ブワッ

*27:と言ってぼーっと(外を)眺めている

*28:アイツはどう思ってんのかな…

*29:アイツの面影がますます目先に浮かんでくる…

*30:だいぶ後になってから

*31:(別れたことの後悔に)たえかねたのだろうか

*32:(次の歌を)詠んで寄越した

*33:もうこれっきりだと人を忘れる草の種を

*34:あなたの心に蒔かせたくない…(別れちゃったけど、あたしのこと、せめて忘れないでね…)

*35:(俺としては)せめて「忘れ草を植えます」と聞ければ

*36:(俺のことを)思っていたと知ることができるんだがな…

*37:(これがきっかけで)さらに重ねて

*38:以前より

*39:もっとやりとりするようになって

*40:(あなたが俺を)忘れるだろうと思う心の疑いで

*41:前よりもっともっと物悲しいんだけど…

*42:中空に浮かぶ雲があとかたもなく消えてしまうように

*43:(あたしの)身の上も寄る辺のないものになっちゃった…

*44:とかなんとか、歌を詠みかわしてやりとりしてたんだけども

*45:お互いがそれぞれ別の人との暮らしを始めたので、(結局は)疎遠になったとさ!