第二十四段 あづさ弓
むかし、男、かたゐなか*1に住みけり。男、宮仕へしにとて*2、別れ惜しみて行きけるままに*3、三年来ざりければ*4、待ちわびたりけるに*5、いとねむごろに言ひける人に*6、「今宵あはむ*7」と契りたりけるに*8、この男*9来たりけり*10。「この戸あけたまへ*11」とたたきけれど*12、あけで*13、歌をなむ、よみて、いだしたりける*14。
と言ひいだしたりければ*19、
と言ひけれど*29、男帰りにけり*30。女、いとかなしくて*31、しりに立ちて*32追ひ行けど*33、え追ひつかで*34、清水のある所にふしにけり*35。そこなりける岩に*36、およびの*37血して*38書きつけける*39、
と書きて、そこにいたづらになりにけり*44。
*1:片田舎、都に近い田舎
*2:宮仕えしに（行ってくる）っつって
*3:別れを惜しんで出かけたまんま
*4:三年来なかったので
*5:待ちくたびれたのに
*6:めっちゃ親しげに言い寄ってきた（他の男の）人から
*7:今夜、結婚しよう
*8:と約束したのに
*9:（宮仕え行ってた方の）男が
*10:来たのだった
*11:この戸を開けてちょ
*12:叩いたが
*13:開けずに（新しい男とのアレがアレだから…）
*14:（次の）歌を詠んで外の男にやった
*15:「年」にかかる枕詞
*16:待ちくたびれて
*17:男女が初めて共寝すること
*18:三年の年月を待つのに疲れてしまい、ちょうどまさに今夜、新しい夫と枕を交わすところなのです…
*19:と外（の男）に言ったので
*20:→「つき」から後ろの「年」へ続ける
*21:俺がしたように
*22:（新しい夫と）仲良くしてちょ…
*23:っつって
*24:立ち去ろうとしたんで
*25:→「弓」は後ろの「引く」「寄る」にからめてる
*26:あづさ弓を引くも引かないも
*27:昔から
*28:（わたしの）心はあなたにあったのに…
*29:と言ったけど
*30:男は帰ってしまった
*31:とっても悲しくて
*32:（男の）後から
*33:追いかけて行ったけれども
*34:追いつくことはできずに
*35:ぶっ倒れてしまった
*36:そこにあった岩に
*37:指の
*38:血で
*39:（次の歌を）書きつけた
*40:両想いになれずに
*41:離れてっちゃった人を
*42:引き留められなくて
*43:わたしの身はまさに今、消え果ててしまったみたい…
*44:そこで、死んだ。
