第五段 築地の崩れ

むかし、男ありけり。東の五条わたりに*1、いと忍びて行きけり*2。みそかなる所なれば*3、門よりもえ入らで*4、童べの踏みあけたる*5築地のくづれ*6より通ひけり。人しげくもあらねど*7、たび重なりければ*8、あるじ*9聞きつけて、その通ひ路に夜ごとに人を…

第四段 月やあらぬ

むかし、東の五条に、大后の宮*1おはしましける*2、西の対に、住む人*3ありけり。それを*4、本意にはあらで*5、心ざし深かりける人*6、行きとぶらひけるを*7、睦月*8の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり*9。あり所は聞けど*10、人の行き通ふべき所にも…

第三段 ひじき藻

むかし、男ありけり。懸想しける*1女のもとに、ひじき藻*2といふものをやるとて*3、 思ひあらば葎*4の宿に寝もしなむひしきもの*5には袖をしつつも (※C釈→*6) 二条の后*7の、まだ帝*8にも仕うまつりたまはで*9、ただ人*10にておはしましける*11時のことな…

第二段 西の京の女

むかし、男ありけり。奈良の京*1は離れ、この京*2は人の家まだ定まらざりける時に*3、西の京*4に女ありけり。その女、世人にはまされりけり*5。その人、かたちよりは心なむまさりたりける*6。ひとりのみもあらざりけらし*7。それを、かのまめ男*8、うち物語…

初段 初冠

むかし、男、初冠*1して、奈良の京、春日の里に、しるよしして*2、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから*3住みけり。この男、かいま見てけり*4。おもほえず*5、ふる里*6に、いとはしたなくてありければ*7、心地まどひにけり*8。男の着たりけ…