第二十三段 筒井つの（筒井筒）
むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども*1、井のもとにいでて遊びけるを*2、大人になりにければ*3、男も女も恥ぢかはしてありけれど*4、男はこの女をこそ得めと思ふ*5、女はこの男をと思ひつつ*6、親のあはすれども聞かでなむありける*7。さて*8、このとなりの男のもとより*9、かくなむ*10。
女、返し、
さて*23年ごろ経るほどに*24、女、親なく頼りなくなるままに*25、もろともにいふかひなくてあらむやは*26とて*27、河内の国、高安の郡に*28、行き通ふ所いできにけり*29。さりけれど*30、このもとの女*31、あしと思へるけしきもなくて*32、いだしやりければ*33、男、こと心ありてかかるにやあらむ*34と思ひうたがひて*35、前栽の中に隠れゐて*36、河内へいぬるかほにて見れば*37、この女、いとよう化粧して*38、うちながめて*39、
とよみけるを聞きて*42、かぎりなくかなしと思ひて*43、河内へも行かずなりにけり*44。まれまれかの高安に来て見れば*45、はじめこそ心にくもつくりけれ*46、今はうちとけて*47、手づから飯匙とりて筍子のうつはものに盛りけるを見て*48、心憂がりて行かずなりにけり*49。
さりければ*50、かの女*51、大和の方を*52見やりて*53、
と言ひて見いだすに*56、からうして*57、大和人*58、「来む*59」と言へり*60。よろこびて待つに*61、たびたび過ぎぬれば*62、
*1:田舎で暮らしていた人の子どもたち（幼馴染の男の子と女の子）が
*2:井戸のところに出て遊んでいたんだけど
*3:（成人して）大人になったんで
*4:男の方も女の方も恥ずかしがってたんだけど
*5:男はこの女を是非GETしたいと思い
*6:女もこの男を、と思い
*7:親が（他の人を）紹介しても聞かないでいた
*8:そんなこんなで
*9:この隣の男から
*10:このように（詠んで送った）
*11:（昔、）井戸の筒で測った
*12:俺の背丈は
*13:もうそれより高くなってしまったようです
*14:あなたと会わないでいるあいだに…
*15:（あなたと）くらべっこしていた
*16:わたしのふりわけ髪も
*17:肩より伸びちゃったよ
*18:あなた以外の誰に
*19:（この髪を）結い上げさせればいいでしょうか？→あなたが私の髪を上げて…
*20:ふりわけ髪は、ょぅι゛ょの髪型、成人してそれを結い上げるってことは、すなわちｹｺｰﾝのこと。
*21:なーんてやりとりを続け
*22:ついに望み通りに結婚したのだった
*23:そんなこんなで
*24:年月を経るうちに
*25:女のほうの親が亡くなって貧乏になっちゃって
*26:一緒に貧乏暮らししてられっかよ
*27:と（男が）言って
*29:新しく通う所ができたのだった（→別の女ができた）。
*30:そうなったものの
*31:（幼馴染の方の女）
*32:男を憎んでるっつう様子でもなく
*33:出かけさせてやったので
*34:浮気心がある（別の男がいる）からこんなふうでいられるんだろうか
*35:と疑いを持って
*36:植え込みの中に隠れて
*37:河内へ出かけたふりをして見ていたら
*38:めっちゃ綺麗に化粧して
*39:悲しげに外をぼーっと眺めながら（次の歌を）
*40:風が吹くと沖に白浪が立つ龍田山を
*41:夜中にあなたが独りで越えてゆくのでしょうか…
*42:と詠んだのを（男は）聞いて
*43:限りなく愛しい（*´Д｀*）、と思って
*44:河内（の女のところ）へ行くのもやめてしまった
*45:たまーにその高安に来てみると
*46:（その女は）初めのうちこそ奥ゆかしく取り繕っていたが
*47:今は気を許しちゃって
*49:うーわ、ひくわぁ、と思ってそれきり通わなくなった
*50:そんなわけで
*51:この（高安の）女
*52:（男が住んでる方）
*53:見やって（次の歌）
*54:あなたが住んでいる生駒山（→ http://bit.ly/c7HGTA ）のあたりを見ながら居たいの…
*55:雲、隠さないでちょうだいね、雨が降ろうとも…
*56:と詠んで外をぼんやり眺めていたら
*57:やっとのことで
*58:大和の人（男）
*59:来よう
*60:と言った
*61:（女は）喜んで待っていたんだけど
*62:いつもいつも（男は来ないで）むなしく過ぎていったので（次の歌）
*63:あなたが「（わたしの所に）来よう」と言った毎夜々々がむなしく過ぎて言ったので
*64:もうアテにはしてはおりませんものの、恋しく思いながら暮らしています…
*65:と詠み送ったけれども
*66:男は通って来なくなった
