第六十五段 在原なりける男

むかし、おほやけ*1おぼして使うたまふ女の*2、色許されたるありけり*3。大御息所とていますかりけるいとこなりけり*4。殿上にさぶらひける在原なりける男の、まだいと若かりけるを*5、この女あひ知りたりけり*6。男、女方許されたりければ*7、女のある所に…

第六十四段 玉すだれ

むかし、男、みそかに語らふわざもせざりければ*1、いづくなりけむあやしさによめる*2、 吹く風にわが身をなさば*3玉すだれひま求めつつ入るべきものを*4 返し*5、 取りとめぬ風にはありとも玉すだれ*6誰が許さばかひま求むべき*7 *8 *1:(ある女と)ひそか…

第六十三段 つくも髪

むかし、世心つける女*1、いかで心なさけあらむ男にあひ得てしがなと思へど*2、言ひいでむも頼りなさに*3、まことならぬ夢語りをす*4。子三人を呼びて、語りけり*5。ふたりの子は、なさけなくいらへてやみぬ*6。三郎なりける子なむ*7、「よき御男ぞいで来む…

第六十二段 われにあふみ

むかし、年ごろおとづれざりける女*1、心かしこくやあらざりけむ*2、はかなき人の言につきて*3、人の国なりける人に使はれて*4、もと見し人の前にいで来て*5、もの食はせなどしけり*6。夜さり*7、「このありつる人たまへ」と、あるじに言ひければ*8、おこせ…

第六十一段 染河

むかし、男、筑紫まで行きたりけるに*1、「これは、色好むといふ好き者*2」と、すだれのうちなる人の言ひけるを聞きて*3、 染河*4を渡らむ人のいかでかは色になるてふことのなからむ*5 女、返し*6、 名にし負はば*7あだ*8にぞあるべきたはれ島*9浪の濡れ衣着…

第六十段 宇佐の使

むかし、男ありけり。宮仕へいそがしく*1、心もまめならざりけるほどの*2家刀自*3、まめに思はむといふ人につきて*4、人の国へいにけり*5。この男*6、宇佐の使にて行きけるに*7、ある国の祇承(しぞう)の官人*8の妻にてなむある*9と聞きて、「女あるじにか…

第五十九段 東山

むかし、男、京をいかが思ひけむ*1、東山*2に住まむと思ひ入りて*3、 住みわびぬ*4今はかぎりと*5山里に身を隠すべき宿求めてむ*6 かくて*7、ものいたく病みて*8死に入りたりければ*9、おもて*10に水そそきなどして*11、生きいでて*12、 わが上に露ぞ置くな…

第五十八段 長岡

むかし、心つきて色好みなる男*1、長岡といふ所に家つくりてをりけり*2。そこのとなりなりける宮ばらに、こともなき女どもの*3、ゐなかりなりければ*4、田刈らむとて、この男のあるを見て*5、「いみじの好き者のしわざや」とて*6、集まりて入り来ければ*7、…

第五十七段 われから身をも

むかし、男、人知れぬもの思ひけり*1。つれなき人のもとに*2、 恋ひわびぬ*3海人の刈る藻に宿るてふ*4われから*5身をもくだきつるかな*6 *7 *1:人には知れないもの思いをした *2:冷淡な人のもとに(次の歌を詠んだ) *3:(あなたを)想い過ぎて、疲れ果てま…

第五十六段 露の宿り

むかし、男、ふして思ひ、起きて思ひ*1、思ひあまりて*2、 わが袖は草のいほりにあらねども暮るれば露の宿りなりけり*3 *1:寝ては想って起きても想って *2:想いあまって(次の歌を詠み送った) *3:俺の袖は草の庵(http://bit.ly/cm4Psh)ではねーけどさ、日…

第五十五段 をりふしごとに

むかし、男、思ひかけたる女の*1、え得まじうなりての世に*2、 思はずはありもすらめど*3言の葉の*4をりふしごとに*5頼まるるかな*6 *1:想いを懸けていた女が *2:どうしてもモノにできないっていう事情になってしまい(次の歌を詠んだ) *3:(俺の事を)思っ…

第五十四段 夢路の露

むかし、男、つれなかりける女に言ひやりける*1、 行きやらぬ*2夢路*3をたのむ袂*4には天つ空なる露や置くらむ*5 *1:冷淡だった女に(次の歌を)詠み送った *2:行き着くことのない *3:(現実では逢えないので)夢の中で(彼女に)逢いに行く通い路 *4:たもと…

第五十三段 夜深き鶏

むかし、男、あひがたき女にあひて*1、物語などするほどに*2、鶏の鳴きければ*3、 いかでかは鶏の鳴くらむ人知れず思ふ心はまだ夜深きに*4 *1:(いつもは)なかなか逢えない女と逢って *2:(愛を)語ったりしてるうちに *3:(朝に鳴くはずの)鶏が鳴いたので…

第五十二段 かざりちまき

むかし、男ありけり。人のもとよりかさなりちまき*1おこせたりける返りことに*2、 あやめ刈り君は沼にぞまどひける*3われは野にいでて狩るぞわびしき*4 とて、雉をなむやりける*5。 *1:飾り粽(ちまき)→ http://bit.ly/d43OwF *2:人のとこから飾りちまきを…

第五十一段 植ゑし植ゑば

むかし、男、人の前栽*1に菊植ゑけるに*2、 植ゑし植ゑば*3秋なき時や咲かざらむ*4花こそ散らめ根さへ枯れめや*5 *1:植え込み *2:人んちの植え込みに菊を植えたときに(次の歌を詠んだ) *3:心を込めて植えれば *4:「秋っつうもんが無い」なら咲かないことも…

第五十段 あだくらべ

むかし、男ありけり。恨むる人を恨みて*1、 鳥の子を十づつ十は重ぬとも*2思はぬ人を思ふものかは*3 と言へりければ、 朝露*4は消えのこりてもありぬべし*5誰かこの世を頼みはつべき*6 また、男、 吹く風に去年の桜は散らずとも*7あな頼みがた人の心は*8 ま…

第四十九段 うら若み

むかし、男、妹のいとをかしげなりけるを見をりて*1、 うら若み寝よげに見ゆる若草を*2人のむすばむことをしぞ思ふ*3 と聞えけり*4。返し*5、 初草のなどめづらしき言の葉ぞ*6うらなくものを思ひけるかな*7 *1:妹がめっちゃ可愛いのを見ていて(次の歌を詠ん…

第四十八段 今ぞ知る

むかし、男ありけり。馬のはなむけせむとて*1人を待ちけるに*2、来ざりければ*3、 今ぞ知る苦しきものと*4人待たむ里をば離れず訪ふべかりけり*5 *1:送別会をやろうぜっつって *2:人を待ってたのに *3:来なかったから(次の歌を詠んだ) *4:苦しいもんだと、…

第四十七段 大幣

むかし、男、ねむごろにいかでと思ふ女ありけり*1。されど、この男をあだなりと聞きて*2、つれなさのみまさりつつ、言へる*3、 大幣*4の*5引く手あまたになりぬれば*6思へどえこそ頼まざりけれ*7 返し、男*8、 大幣と名にこそ立てれ*9流れても*10つひに寄る…

第四十六段 目離るとも

むかし、男、いとうるはしき友ありけり*1。かた時さらずあひ思ひけるを*2、人の国へ行きけるを*3、いとあはれと思ひて別れにけり*4。月日経て、おこせたる文に*5、「あさましく、対面せで、月日の経にけること*6。忘れやし給ひにけむと*7、いたく思ひわびて…

第四十五段 行く螢

むかし、男ありけり*1。人のむすめのかしづく*2、いかでこの男にもの言はむと思ひけり*3。うちいでむことかたくやありけむ*4、もの病みになりて、死ぬべき時に*5、「かくこそ思ひしか」と言ひけるを*6、親聞きつけて*7、泣く泣く告げたりければ*8、まどひ来…

第四十四段 われさへもなく

むかし、あがた*1へ行く人に*2、馬のはなむけせむとて*3、呼びて*4、うとき人にしあらざりければ*5、家刀自*6、盃ささせて*7、女の装束かづけむとす*8。あるじの男*9、歌よみて、裳*10の腰にゆひつけさす*11。 いでて行く君がためにとぬぎつれば*12われさへ…

第四十三段 しでの田長

むかし、賀陽の親王*1と申す親王おはしましけり。その親王、女をおぼしめして*2、いとかしこう恵み使うたまひけるを*3、人なまめきてありけるを*4、われのみと思ひけるを*5、また人聞きつけて、文やる*6。ほととぎすの形を書きて*7、 ほととぎす汝が鳴く里の…

第四十二段 いでて来し

むかし、男、色好みと知る知る*1、女をあひ言へりけり*2。されど、にくくはた*3あらざりけり*4。しばしば行きけれど*5、なほいとうしろめたく*6、さりとて、行かではたえあるまじかりけり*7。なほはたえあらざりける仲なりければ*8、二日三日ばかりさはるこ…

第四十一段 緑衫の上の衣

むかし、女はらからふたりありけり*1。ひとりはいやしき男の貧しき*2、ひとりはあてなる男持たりけり*3。いやしき男持たる*4、師走のつごもりに*5、上の衣*6を洗ひて、手づから張りけり*7。心ざしはいたしけれど*8、さるいやしきわざもならはざりければ*9、…

第四十段 いでていなば

むかし、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり*1。さかしらする親ありて*2、思ひもぞつくとて*3、この女をほかへ追ひやらむとす*4。さこそいへ、まだ追ひやらず*5。人の子なれば*6、まだ心いきほひなかりければ*7、とどむるいきほひなし*8。女もいやしければ*…

第三十九段 源の至

むかし、西院の帝*1と申す帝おはしましけり*2。その帝のみこ*3、たかい子*4と申すいまそかりけり*5。そのみこうせ給ひて*6、御葬*7の夜、その宮のとなりなりける男*8、御葬見むとて*9、女車*10にあひ乗りていでたりけり*11。いと久しう率ていで奉らず*12、う…

第三十八段 紀の有常がり

むかし、紀の有常*1がり*2行きたるに*3、ありきて遅く来けるに*4、よみてやりける*5、 君により思ひならひぬ*6世の中の人はこれをや恋と言ふらむ*7 返し、 ならはねば*8世の人ごとになにをかも恋とは言ふと*9問ひしわれしも*10 (※C釈→*11) *1:第十六段のア…

第三十七段 下紐解くな

むかし、男、色好みなりける女にあへりけり*1。うしろめたくや思ひけむ*2、 われならで下紐*3解くな*4あさがほの夕影待たぬ花にはありとも*5 返し*6、 ふたりしてむすびし紐をひとりして*7あひ見るまでは解かじとぞ思ふ*8 *1:好きモノの女と逢った *2:(そう…

第三十六段 谷せばみ

むかし、「忘れぬるなめり」と*1問ひごとしける*2女のもとに*3、 谷せばみ峰まではへる玉かづら*4絶えむと人にわが思はなくに*5 *1:「もうアタシのこと忘れちゃったんでしょ…?」と *2:問いかけてきた *3:(次の歌を詠んだ) *4:谷が狭く山頂まで延びている…