第五十段 あだくらべ

むかし、男ありけり。恨むる人を恨みて*1

鳥の子を十づつ十は重ぬとも*2思はぬ人を思ふものかは*3

と言へりければ、

朝露*4は消えのこりてもありぬべし*5誰かこの世を頼みはつべき*6

また、男、

吹く風に去年の桜は散らずとも*7あな頼みがた人の心は*8

また、女、返し、

行く水に数書くよりもはかなきは*9思はぬ人を思ふなりけり*10

また、男、

行く水と過ぐるよはひと散る花と*11いづれ待ててふことを聞くらむ*12

あだくらべかたみにしける男女の*13、忍びありきしけることなるべし*14

*1:自分を恨んでいる女を逆に恨んで

*2:鶏卵を100個重ねるなんつうできないことはしても

*3:(自分のことを)愛してくれない女を愛するものかねえ?(できっこない!)

*4:消えやすい、すぐ消えるもののたとえ

*5:(すぐ消えちゃう)朝露でさえ消え残ることもあるでしょうけど

*6:いったい誰がこの人生を死ぬまで頼りにできるってのよ

*7:吹く風に去年の桜が散らないなんてことがあろうとも

*8:なんとも当てにできないもんだよ、女ゴコロなんてね

*9:流れ行く水に数を書くよりも当てにならないものは

*10:愛してくれない人を愛するということでした…

*11:流れ行く水と、過ぎていく人の齢と、散る花と

*12:それらのどれが「待ってちょ」っつって素直に聞くかね?(聞かない!)

*13:お互いに浮気をしていた男女の

*14:人目を忍んで逢っていたことを詠んだものだろう