第四十五段 行く螢

むかし、男ありけり*1。人のむすめのかしづく*2、いかでこの男にもの言はむと思ひけり*3。うちいでむことかたくやありけむ*4、もの病みになりて、死ぬべき時に*5、「かくこそ思ひしか」と言ひけるを*6、親聞きつけて*7、泣く泣く告げたりければ*8、まどひ来たりけれど*9、死にければ*10、つれづれとこもりをりけり*11。時は水無月のつごもり、いと暑きころほひに*12、宵は遊びをりて*13、夜ふけて、やや涼しき風吹きけり*14。螢高く飛びあがる*15。この男、見ふせりて*16

行く螢雲の上までいぬべくは*17秋風吹くと雁に告げこせ*18*19

暮れがたき*20夏のひぐらし*21ながむれば*22そのこととなくものぞかなしき*23

*1:むかし、男がいた

*2:(周囲から)大切にされている娘が

*3:どうにかしてこの男と付き合いたい!と思った

*4:(周囲の人に)打ち明けづらかったんだろうか

*5:病気になって、もう死ぬ、っていう時に

*6:「これこれこう思ってたんだ…」と言ったのを

*7:親が聞きつけて

*8:泣く泣く(その男に)伝えたので

*9:(男は)心乱れながら来たは来たんだけど

*10:(娘が)死んじゃったもんだから

*11:所在無く(娘の家に)籠もった(※人が死んだので忌みに籠もった)

*12:時は六月末(旧暦)、めっちゃ暑い時期に

*13:宵は音楽を奏でて(※人が死んだので)

*14:夜が更けて、ちょっと涼しい風が吹いた

*15:螢が高く飛びあがる

*16:この男は(その螢を)見て横になって(次の歌を詠んだ)

*17:飛んで行く螢よう、雲の上まで行き去るっつうんなら

*18:(地上では)秋の風が吹いていると雁に伝えてくれよな…

*19:雁=娘の魂、として、帰って来いよ、と詠っている

*20:なかなか陽が落ちない

*21:夏の一日を

*22:ぼおーっと外を眺めていたら

*23:何がってこともないけど、なんだかもの悲しいことだぜ…