第四十一段 緑衫の上の衣

むかし、女はらからふたりありけり*1。ひとりはいやしき男の貧しき*2、ひとりはあてなる男持たりけり*3。いやしき男持たる*4、師走のつごもりに*5、上の衣*6を洗ひて、手づから張りけり*7。心ざしはいたしけれど*8、さるいやしきわざもならはざりければ*9、上の衣の肩を張り破りてけり*10。せむ方もなくて、ただ泣きに泣きけり*11。これをかのあてなる男聞きて*12、いと心苦しかりければ*13、いときよらなる緑衫の上の衣*14を見いでてやるとて*15

紫の色濃き時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける*16 (※C釈→*17

武蔵野の心なるべし*18

*19 *20

*1:二人姉妹がいた

*2:ひとりは身分の低くて貧しい夫を

*3:もうひとりは高貴な身分の夫を持っていた

*4:身分の低い夫を持つほうが

*5:十二月の末に

*6:袍(うえのきぬ、ほう。束帯( http://bit.ly/9EqXcD )のいちばん上に着るやつ。※ちなみにここでは緑の袍(後述)

*7:袍を洗って自分で張った

*8:頑張ってはみたものの

*9:そういう賤しい仕事に慣れてなかったために

*10:袍の肩を張るときビリッ!といってもうた

*11:どうしようもなくて、ただただ泣くだけだった

*12:これをあの高貴な身分の男が聞いて

*13:マジ気の毒だと思って

*14:ろうそうのうえのきぬ、官位六位の人が着ける袍

*15:めっちゃイイ感じの緑衫の袍を見つけて贈ってやるよっつって(次の歌とともに贈った)

*16:紫草の色が濃いときには、目も遥かな野の草木も別ちがたく思われたよ…

*17:自分の愛する妻はもちろんだけど、(姉妹である)あなたのことも同じように愛しく思ってますよ…

*18:「武蔵野」の歌の心を踏まえたものだろう

*19:「野なる草木」→緑衫の袍を着ける(六位の)夫を持つ女、貧しいほう

*20:「武蔵野の心」→『古今集』中の武蔵野うんぬんっていう、血縁の人も好きだよっていう歌のことか